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六花ノ雨音

六花恵のABUNAI日記。思うままに世界を楽しむブログです。アクセサリー作家、トータルビューティー、音楽、アートなど。

幸せになってもいいという許可

こんなこと、じっくりと考えたことがない人もいるかもしれない。

でも、自分に対して無意識に罰を与えている人は、かなり多い。私もそのうちの一人で、学生の頃は息をしているだけで罪の意識に苛まれていた。

この二酸化炭素のおかげで地球は汚れていく・・・何で生きているんだ、と本気で思っていた。

そして、自分が幸せであることはいけないことだと思っていた。

 

好きな事をして生きてきたつもりだったが、幸せではなかった。

私は幸せになってもいい、という許可を自分に出していなかったから、好きな事をしていても素直に楽しめないし、楽しんではいけない気がしていた。

 

遊びというものがどういうものか分からなかった。

16歳の頃からフルタイムで働いてきたから、好きな事もいつか仕事にするという延長で、堅苦しくしていたようなきがする。

 

世界の中心が自分じゃなかった。

いつもどう思われるか気にしていて、人のことを考えていた。

一人でいても他人の目や考えを意識していて、ひとりになれたことなんてなかった。

 

だけど今は違う。

大勢の中にいても、私は安らげるし、ひとりでいたいと思うことがあまりなくなった。

それは、自分を中心に物事を考えてもいいのだと知ったから。

 

なんとなく、わがままで自己中な考え方だなと思われるかもしれない。しかしこれが違うのだ。

 

自分が幸せな状態でいられないと、いくら周りを気にして気を使ったって、周りの人は私以上に幸せになることはない。つまり、私が幸せであるということが前提で、周りも幸せになれるということだ。

 

 

 

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そう思いはじめたのは、この人をみてからだ。

私は、大泉洋の大ファンなのだが、この人は本当に自分を中心に世界をまわしている。なんでこんなに自分中心なのに魅力的なのだろうかと考えた時、それはきっと自分が幸せであるには周りも幸せでなければならないという思いがあるんだろうと発見した。

 

つまり発信が自分からなのだ。

 

私たちはよく、お金があればとか、時間があればとか、いろいろな言い訳をする。

それがあれば幸せになれると言う。

 

しかし、そうじゃないのだ。

幸せであればお金が入ってくるし、時間も増える。(本当だ)

全ては自分発信でなければならないのだ。

 

自分の意識があるからこの世界があるように、この世界があるから自分の意識があるわけではないのだ。

影響されたくなければされなければいい。どんな状況でも幸せであろうとすれば幸せでいられる。

 

ほんとうに最近、自分は幸せになり、思い通りの人生を歩むと自分自身に許可を出したばかりだ。

すると、すべてがいい方向へ向かっていき、思い通りになっていることに気づく。

人の些細な言葉も態度も、それに対して自分が幸せでいられるような意味付けをしているから、何を言われても楽しいし、どんな態度でいても思い悩むこともない。

 

これでいいのだ。

全てを肯定して生きていけたら、もっと縛られないでいられるとおもう。

 

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