六花ノ雨音

六花恵のABUNAI日記。思うままに世界を楽しむブログです。アクセサリー作家、トータルビューティー、音楽、アートなど。

人間関係のおもしろさとは。

 

なかなか簡単には手に入らないものほど欲しくなるものだ。

しかし、いったん自分のものとなり、少しばかり時間が経つと、つまらないもののように感じはじめる。それが物であっても人間であってもだ。すでに手に入れて、なれてしまったから飽きるのだ。けれどもそれは、本当は自分自身に飽きているということだ。手に入れた物が自分の中で変化しないから飽きる。すなわち、それに対する自分の心が変化しないから飽きるのだ。つまり、自分自身が成長し続けない人ほど飽きやすいことになる。

そうではなく、人間として成長し続けている人は、自分が常に変わるのだから、同じ物を持ち続けていても少しも飽きないのだ。 ゲーテ

 

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人は常に自分のうつし鏡だということは、このゲーテの言葉からも分かりますね。

 思うに、対人関係のおもしろさとはここにあるような気がします。相手によって言葉も態度も気持ちも変わる自分を面白がり、そんな自分を引き出してくれた相手に感謝をします。

もちろん腹が立つこともありますが、そういう時は出来る限り中立の立場で物事を観察するようにしています。そうすると冷静になれるし、私が正しいのだ!と思う気持ちも中和されるからです。

同じ友達という関係においても、人によって話す内容や感情は全然違うし、リズムに乗って気持ち良くスムーズに時間が流れて、気づけばこんなにも時間が経っていたと思える人は、ほんとうにかけがえのない存在なんだなぁと思います。

逆に友達ではあるけれど、なんだか窮屈で渋滞した高速道路のような感覚にいる時は、その人との関係をしばし見直した方がいいかもしれません。もちろん、縁を切るとかそういうことではなくて、相手に見ているのは自分のどの部分なんだろうと考えるのですね。

 

例えば「ねばならない」という思考に捕われている自分をそこに発見したら、どうにかしてその部分を柔和していくのです。話し合いでもいいし、会議でもいいし、一緒にいる中で少しずつ取り払っていくのでもいい。

 

対人関係は、相手の中に自分を見ることができて、相手から素晴らしい部分を引き出すことができて、それは自分の中に必ずあるものだということが、素晴らしく面白いものだと感じます。

毎日が新しい発見の連続で、退屈なんて言葉を知ることなく生きて、刺激的で面白い。

どんなに嫌な人間が目の前にいたとしても、その人に意地悪してやろうという気持ちになったとしても、元を辿れば同じ人間なので、あぁ自分にもこういう部分があるんだなぁと発見できるのです。

 

そしてそこから、自分自身の上司である自覚をもって、欲望に振り回されるのではなく、理性で自分の理想とする自分へ近づいていくのです。

 

昨日よりも今日が、今日よりも明日が、少しずつ成長していますように。

 

 

 

最近、睡眠のリズムがバラバラなのでとっても眠いですが珈琲を飲んでいます。夜の7時半・・・

体もだるかったので、今日のご飯はスムージーと蕎麦を軽くとって終了です。(中島らもは蕎麦を一枚夕方に食べて、後はミルクを飲む生活をずっとしていたので、何だからもさんになった気分でした)

胃も毎日毎日大量の食物を消化していたのでは疲れますから、今日は半日断食をしました。

ダルい時はさっさと眠るのに限るのだけれど、どうしてだらだら音楽を聴いたりしてしまうのでしょうね。

Sly and the family stoneを聴いていたら、その周辺のfunkにも興味が出てきて、いろいろ聴いてしまいました。

funkって、根底にある粒子のようなもので、石すらもぐにゃぐにゃ曲がって形をかえてしまうんじゃないかという幻想に取り付かれるようなジャンルですね。

螺旋状に整ったソフトクリームが蛇のように動き出す瞬間も見た気がします。

 

名前とすごいベーシストだということだけ知っていたとある日本のベーシスとが、私が好きなミュージシャンのバックをやっていて、顔を知らなかったからライブ映像を見てもその人だということに気づけなかったのですが、やはり素晴らしいベーシストは聴いただけで分かるものですね。

「このベースいいなぁ」

と感じて調べてみると、その有名なベーシストでした。

 

自分の感覚を確かなものとして確信し、愛おしくなった瞬間でした。

感覚研ぎすませるために、早めに寝ますね。

睡眠不足の幻覚もいいけれど、珈琲なしでしゃきーんとする朝もいいものです。

 

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