六花ノ雨音

六花恵のABUNAI日記。思うままに世界を楽しむブログです。アクセサリー作家、トータルビューティー、音楽、アートなど。

8月1日の日記〜小説を書く前の準備体操〜

気に入った曲を一日中聴いてしまう病。飽きもせず、その曲の世界にどっぷりはまる。雨音が響いてくればパーフェクトなのになと思う。イアフォンの外からしとしと、湿気も感じながら、空が暗くて重くて、私に

「僕の変わりに今、この空が泣き続ける」

イアフォンにはそんな歌詞がぴたっと張り付いて、もう何度聴いたか分からない。朝から聴き続けてもう6時間以上経つ。いつもは美味しく感じる珈琲がまずいのは、生理前で味覚が変化しているから。足枷をしているんじゃないかとい思うくらい足が重いのもそう。知的活動にはなんら支障がないように感じる。だからカタカタ音を立てて文章を構築できている私は、自分の本当の望みを知った。言わないけれど。

人に評価されることが怖い。そうは思いませんか。クリスマスツリーに綺麗なぼんぼんを飾ってくれる人もいれば、道端に落ちている動物の糞を投げつける人もいる。何があってもツリーはそこに立っているしかない。どんなツリーになっても、電飾に眩暈がしても、外の出来事をコントロールすることはしない。できるかもしれないけれど、しないことにしている。変えられるのは内側のみ。恐怖を恐怖と思わないようになるしかない。そのためには・・・?概念を変えるしかないのだ。

 

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数字はあまり得意ではないのですが、6という数字は好きです。あと4も。なんだか神秘的じゃありませんか?第六感とか。不思議で不思議で仕方がないこの世界が当たり前にあるけれど、それを当たり前と思う人の中で生きていて、私の考え自体も当たり前になりそうになったときもあったけど、全然当たり前じゃない。なんでだろうどうしてだろうってずっと考えているけれど、たまぁに声が聞こえてくるだけで、明確ななにかを悟ったりしたわけじゃない。子どものころの夢は「自分になること」だった。変な夢だよね、でもそう思い続けていて、いまだに自分を活用できていない気がする。一日だけ地球外生命体を体験してみたいな。瞑想時にそんな意識になってしまうことはあるけれど、目を開いている時にも感じたい。例えば老後のことを考えて毎日のえさを少しずつどこかへ蓄えている犬とか、引きこもりの猫とか、亀が飛んだり、木が歩いたり。

なんでありえないと思ってしまうんだろう。この世界がありえないことだらけじゃないのか!排泄物を見るたびに思うよ。

 

ねえ?可愛い子といるとあっという間に過ぎる時間が、臭いおっさんと一緒にいると1分が10分に感じるし、歌っていると1時間が10分に感じるけれど、嫌なことをしていると時が過ぎない。つまり、時間という概念のせいで私たちは何がとんでもない間違いを犯している気がするんだ。普通とか当たり前は過去に多くあった出来事の集約にすぎないのかな。だとしたら私は、普通という文字を忘れてしまってもいいのかな。

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