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六花ノ雨音

六花恵のABUNAI日記。思うままに世界を楽しむブログです。アクセサリー作家、トータルビューティー、音楽、アートなど。

考えすぎる人が、深く考えているわけではない~深く考える人は、考えすぎない~

今まで、私のことをあまり知らない職場の人や知り合い程度の人にまで、「考えすぎないようにね」と忠告されることが多かったです。余計なお世話じゃと思う反面、そんなに思い詰めているのかななんて悦に入ったりしていました。

でも最近ふと思うんですが、考えすぎというのは大抵の場合、堂々巡りだったり思考が勝手に喋っていたり、どうでもよいことだったりするんじゃないでしょうか?決して物事を深く考えているわけではないようです。

物事を深く考えるとは、相手の立場になってみたり、相手の矛盾した気持ちを思ってみたり、相手目線で客観的に自分を見てみたり。きっと、考えすぎる人はそんなことしていない。自分勝手で自己中心的で、ただ自分の思いとぐるぐる回っているだけ。めまいがしてくるまでグルグル回って、しんどくなってようやく止まる。

しかし深く考えられる人というのは、考えられるだけのものを考え尽くす(しかも早い)、そしてその後は流れにまかせる。宇宙にその問題を渡して、あとはよろしくと言って終わらせる。だからシンプルに生活できているし、頭の切り替えも早い。

明日の朝になれば、何かが変わっているかもしれないということを知っている。物事は常に変化するから、今の考えが明日には通用しなくなっているかもしれないことも分かっている。

この決定的な違いに、最近ようやく気づくことができました。それもこれも、深く考えるようになってきたからかもしれないと思います。ひらめきとか、直感って大体が正解のようなきがします。なにかを作る時だって、ぱっとひらめいたことが大当たりしたり。ある劇作家は、シャワーから出て体を拭いている時にアイディアが出ると言います。

 

脳は、脳が静かな時にアイディアや答えを出してくるんですね。

 

脳は、見えない存在からのメッセージを受信する器官である、という仮説を信用しています。脳が静寂でないと受信することができません。私は思考を黙らせるため毎日瞑想をするようになり、気づいたら何時間も頭の中でトークバトルが繰り広げられているなんてこともなくなりました。

あまり気づいていない、脳内のトークバトル。ぐちゃぐちゃ考えて、頭の中でごちゃごちゃ言われて。夜になると疲れ果てているか、逆に爛爛としているか(笑)

 でも、私だって何か起こればずっと頭の中でトークバトルしています。今だってそう。こうしたいああしたいけどでもあぁどうしようどうしようどないしよ。・・・黙れ!うるさいんや!と活を入れるか、気功をして落ち着かせるか、それでも駄目なら酒を飲む(笑)

 

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(こういう飲み方を、世間ではやけ酒と言います)

 

お酒は一時的に脳内トークバトルを落ち着かせてくれます。飲まなくても思考が黙っている状態が好ましいけどなかなかそうもいかず。ただ、この思考を黙らすことができるのは自分だけです。

 

この前すすきのを歩いていたら、前からおばちゃんが下を向いてぶつぶつ言いながら歩いてきました。この人、きっと私の存在に気づいていない。というか何か考え事をしているから、実際にはここを歩いているけれど歩いていない。すれ違う時どんな反応をするのだろう、と興味を持ちながら近づきました。

おばちゃんは「わっ!」と言って、思考のおしゃべりから解放され、びっくりした反動でよろけ、電柱にもたれかかっていました。コントや

 

 

 

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